飛び飛び日記Ⅱ

雑食性老人のあれこれありのブログです。「アート」「天文」「散歩で発見」「生活上の出来事」など、いろいろ書いています。  水・日曜日と祝日は休みです。おいで下さりありがとうございます。ついでにHP「アツガーリンのページ」へも、、、。

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北朝鮮交渉はいかに

北朝鮮交渉はいかに

横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて15日で35年になるそうだ。で、15日に開かれる「日朝次官交渉」で少しでも進展があるように横田夫妻は太田市で開かれた講演で訴えた。
12歳だかで連れ去られ35年間というと、今47歳になっている。もう日本語すら忘れているかも知れない。臨戦態勢にあったとはいえ、酷いことをしたものである。
日本は当然、拉致被害者の立場に立ち、また国家主権を侵された事犯として、北朝鮮に関して有利に働くことは一切禁止・打ち切った。国民感情としては判る気がするが、もう何の手も無くなってしまったと言うことでは、日朝交渉でどうするのであろうか。
 1ヶ月前、かみさんは兄弟・姉妹会を開いた。墓を詣で会食した。そしてかわいらしい人形を持って帰ってきた。長兄が一旅客として平壌に行ったときのお土産という。これを配った長兄の話では、平壌の街は
日本のその辺で見かける街の状況と変わらなかったと言う。
日本のマスコミは「北朝鮮」の食料危機で,街は大変だとついこの間まで伝えていた。
中国廻りかで平壌に出かけた長兄は驚いたようだ。
 大体、マスコミは今、50%位信じていれば良い、せいぜい信じても70%。これは私の持論である。それにしても平壌の街の話しはひどすぎる。誤ったニュースで戦争に駆り立てられた「わたつみ族」は、その経験をもっと生かすべきでマスコミ批判をするべきある。わが子達と話していると、彼らの方がマスコミ不信感が強いことが判る。ネットのせいだろう。マスメデアの力はそれでも強い。日朝次官交渉はどうなるだろうか。センチメンタルで且つ飽きやすい国民性の日本人の一人として、にも深い関心と責任を感じる。
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瓶が集まった

瓶が集まった

 歳で余り出歩けず、静物画を描く機会が多くなった。
 で、目を惹いたのはウイスキーやブランデーの瓶類である。
 なかなか美的なものが多く、未だ手に入れていないが「マルタン」とかいうブランデーの瓶は中身は余り入っていなく、瓶の方が立派だという。
 あちこちに声を掛け、自分でも中身ごと手に入れたものもある。娘がとっておいた瓶も多く贈って貰った。
 これだけ集まると壮観である。
 みな昔は高価だったウイスキーやブランデーだという。今は安くなったとのんべいの知人は言っている。
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明日は旧の七夕

旧の七夕 ライトダウンを

明日は陰暦では7月7日。七夕です。そこで国立天文台からこんな呼びかけが来ました。要するに「ライトダウン」をしようと言うのです。
以下天文台の文章の一部を転載します。

<伝統的七夕ライトダウン2012推進委員会は、今年は8月24日にあたる伝統的
七夕 (注) の日を中心に、このキャンペーン期間 (8月18日から26日まで) の夜
間に、照明を消して暗くなった夜空を見上げようと呼びかけています。スロー
ガンは「つながろう七夕、よみがえれ天の川」です。昨年来、節電への意識の
高まりとともに、夜間照明のあり方や生活スタイルのあり方への関心も高まっ
ています。現代社会において夜間照明は欠かせないものですが、せめて一時、
夜を本来の暗い状態に近付けて頭上に見える七夕の天の川を取り戻そうと、
キャンペーンでは呼びかけています。
 今年の伝統的七夕にあたる8月24日の夜は、東京タワー、名古屋テレビ塔、
京都タワー、神戸ポートタワー、福岡タワー、といった各地のタワーもこの
キャンペーンに賛同し、通常よりも早く消灯を行う予定です。夜空には、七夕
の織姫星 (おりひめぼし) と彦星 (ひこぼし)、そして上弦の月が輝きます。月
が西の空に傾く頃、ライトダウンで暗くなった夜空に天の川がよみがえる光景
を、全国各地に広げたいものです。>

どうぞご協力を。

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一枚の葉書

一枚の葉書


 昨日は大忙しであった。午前、浦和の近代美術館の「埼玉平和美術展」に絵を二枚運び込み、午後は一時半より新藤兼人の「一枚の葉書」を見に響きの森ホールに出かけた。前日に℡でこの映画の前売り券からみて、30分早く行った方が良い席が取れると聞いていたので一時に出かけた。
 ホールはほぼ満席で、一年前のこの映画が秀逸でかつ評判であったことを示していた。
98歳の監督が、しゃんとしていてユーモアのあるシーンや滑稽なシーンを織り込みながら、「一枚の葉書」(赤紙と部隊に届いた愛妻からの葉書を掛けている気がする)が舞い込んだ本人はおろか、残された家族の破滅に導く戦争の悲惨さを、見事に表現しきっている。
その監督はもう亡くなったが常々、「生きている限り、生き抜きたい」と色紙に書いていたことを実に素晴らしいと思う。100名の部隊の内94名が戦死し6名が生還した。その中に監督はいた。だから重い課題を背負って映画つくりをしてきただろう。「原爆の子」なぞGHQに凹むことなく作ったのはそのバックボーンがあったからだろう。
 映画の印象は大竹しのぶはむろんやはり豊川悦治が印象的だった。それと音楽が奇麗だった。
 フォトは「一枚の葉書」公式サイトからシェアー~
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ニャン公とワン公のバトル

見つめるコロ公

 ニャン公の避妊オペをすましたらニャンはとみに活発になった。二階に閉じ込めて置くはずであったが
すばやく逃げだし階下にも出没するようになった。昨夜など私の寝室に潜り込み、どうもなとなくおかしな感じがすると思ったが寝てしまった。夜中に脚が吊ってその痛さで起きてふとみるとニャン公が大きな額の上に座っていた。つまみだしたが何時入ったのか見当つかない。明け方も洗面の為に部屋を開けた時にでも入り込んだのか、着替えに入ったらベットの上にいる。私の顔をみると素早く逃げ出す。獣医さんに痛い目に合わされたためか、それまではすり寄ってきたのに、逃げ出す。そのくせあちこちに出没する。ニャーゴロニャーと鳴くので、ワン公には直ぐ判ってしまう。ワン公はちょっと吠えるが、吠えるのを禁止されているので
きぃーん、キュイーンと我慢鳴きをする。
 かみさんの話では散歩に連れ出すとやたらに「ちびって」歩くそうだ。領域を宣伝して侵入者のないようにしているみたいという。さては家の中でもニャン公の鳴き声と「ちびる」のがなにやら相関関係があるようなので、「おもらし」や「ちびる」のはニャンのためらしいと判ってきた。
 ワン公こそえらい迷惑・被害を受けているのではないか、と思うといじらしくなる。
 時折もの言いたげな目をするのはこれかもしれない。
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